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2026-10-16

私がすでにできてることは?もってるものは?

今もまだ時々あるんですけど、

周りの人と比べては
「私はできてないなー」って思うこと。
あなたにもありませんか?


昔はしょっちゅう、

自分の「できないこと」ばっかり

数えてたんですよね~。



広く浅くの人脈づくり…

数年前、マーケティング部にいたので
取引先との会食がよくあって。

といっても、わりとフランクな会食で、
堅苦しい場面はあんまりなかったんですよね。

それでも、


「これ言ったら、変に思われるかな」

「自分の話ばっかりになってないかな」

「そろそろ鬱陶しいかな」

「あれ、あの人あんまり喋ってないな」


とか、頭の中では色々ずっと考えてました。

シラフのときは…笑


お酒を飲んで酔ってくると、

ペラペラしゃべれるんですけどね笑


たぶん、そういうあれこれ考えてる頭が

ちょっとゆるくなるんだろうなあ。




かといって、聞いてる方がラクなのかというと、
それもまた違うんですよね。


相手が話し始めたら、今度は


「しっかり聞かなきゃ」

「笑顔で聞こう」

「何か質問しよう」

「ここは余計なこと言わない方がいいよな」


とか、これはこれでまた色々考える。


話してても、聞いてても、

なんかずっと忙しいんですよね、頭の中が笑



その場は楽しくても、あとでどっと疲れる。


そんなことがよくありました。


だから、大人数の場でも
自然に会話に入れて、
どんどん知り合いを増やしていく人を見ると、
結構うらやましかったですね。


何気ない会話が、思わぬ商談につながったり。

仕事以外でも、ひょんなところでご縁ができたり。



広く浅くつながれるって、得だよなあ。

私ももっと社交的だったらなあ。

人と会うことで元気になる人もいるのに、
私はどうしてこんなに疲れちゃうんだろう。



そんなふうに、

自分にできないことばっかり数えてました。




でも、私にも昔から

好きな関わり方はある。


それは、1対1でじっくり話すこと。


大人数だと、私がしゃべらなくても

場はどんどん回っていくけど、

1対1だと、ちゃんとキャッチボールできる感じがする。


心の内の、ちょっと深い話もしやすいし。


「ここだけの話なんだけど」

「chihiroだから言うけど」


そう言って話してもらえると、

なんだか嬉しかったんですよね。

誰でもいいわけじゃないんだって思えるというか。



そういうじっくり腹を割って、
みたいな関係が好きだってことは、
自分でもわかってました。


それでもつい、

「もっと広く人脈を作れたらいいのに」

の方ばっかり見てたんですよね。


しかも全然、
そこに気づいてなかったという😭



きっかけは、
ストレングスファインダー

短所って悪いことだと思ってたんですけど、

そうじゃないんだなって気づけたのが
ストレングスファインダーでした。


短所はただ、
長所が強く出すぎている

という視点。


当時の私には、結構衝撃でした。

そんな見方もあるのね!?って笑


そこで、さっきの
自分の人付き合いについても

ああ、なるほど

と、腑に落ちたんですよね。



大人数の場が苦手。

広く人脈を作るのが苦手。


そこだけ見たら、

「私って人付き合いができないなあ」

で終わってしまう。


でもそれを裏返せば、


少人数でじっくり話すのは好き。

心の内を話せる関係が嬉しい。


私はそれを大事にしている。


だから、それが叶いにくい

大人数の場や広く浅くの関係が苦手なんだ、と。



逆に、狭く深くとか

内面の話をすることが苦手って人もいると思うけど、


そんな人たちからしたら

私が感じていたように

「私にはできないこと」ってくくりになるよね。



私の持ってるものは?できることって?

社交的な人のよさは、今も素敵だなーと思います。

人脈広い人ってやっぱり羨ましい!


ただ、その人のできることを見て、

「私にはできない」

「私には足りない」って引き算ばっかりしてたら、

せっかくの自分のいいところが

見えにくくなっちゃうんですよね。



私には私の関われる形が

すでにあったのにね。



「私にはできてないことだ」
「私にはないものだな」


そう思ったら。


「じゃあ、私がすでにできてることは?」
「じゃあ、私がすでに持ってるものは?」

って、探してみてほしいです。


すでに出来てて持っちゃってることだと
当たり前すぎて気づきにくいことも
あると思うんですけどね笑


できないことを数えるのと同じくらい、

できてることも、数えてあげられたらいいよね。





2026-10-12

すみませんってつい言っちゃうよね~

仕事を手伝ったり、道を譲ったり。
誰かにちょっとした親切をしたとき、


「なんかすみません」


と、言われたことがあります。


お礼を言ってほしくて
手伝ったり親切にしているわけじゃないけど、

あんまり申し訳なさそうに言われると、


「なんか逆に余計なことしちゃったかしら」


って気持ちになってきたりします笑



逆に、

「ありがとう」って言葉だと、

「やってよかったなー」と素直に思えるんですよね。


手伝ったことがちゃんと役に立ったんだな。
相手に喜んでもらえたんだな。

そういうのが、その一言でわかるから。




とはいえ、
「すみません」って言いたくなっちゃう気持ちも
めっちゃわかる!


私も、何かしてもらったとき、
ありがとうより先に
「すみません」が出てくることが多かったですし。


感謝してなかったわけじゃないんです。

助かったし、ありがたいと思ってた。



でも、それよりも

「手間をかけさせちゃった」

「申し訳ない」

って気持ちの方が何だか大きくて、

口から出るのは、そっちばっかりだったなあ…。




親切にする側になってみると

「ありがとうって言ってもらえる方がうれしいな」

って思うのに、


自分が受け取る側になると、

それをすっかり忘れちゃうんですよね笑




なので、今は「すみません」のあとに、
「ありがとう」
も、添えるようにしてます。

もしくは、「すみません」はなしに
シンプルに「ありがとうございます!」だけで。




これ、褒めてもらったときにも
似たようなことがあって。


上司に
「この仕事はchihiroが一番うまくさばけるね!」
って言ってもらっても、

「いやいや全然ですよ」

とか。



友達に
「chihiroはいつも優しいよね」
って言ってもらっても、

「そんなことないけどなー」

とか。


とりあえず一回、否定をいれる…笑
そんな返し方をしてました。


本当にそう思ってないときもあったし、

あえて謙遜してるときも、どっちもあった。


そのまま受け取ったら、

調子に乗ってると思われるかな…。
自分でこんなの認めたらエラそうじゃん…。

と、思う部分が
無意識にあったのかもしれないですね。


でも、あるとき本で読みました。

それは、


言ってくれた人の好意まで
否定しちゃってる


ってことにもなるんだ、と…。



私が自分をどう思ってるかとは別に、
相手は私のいいところを見つけて、
言葉にしてくれてる。


それって嬉しいし、ありがたいことなんですよね。


自分ではまだそう思えなくても、

「そっか、相手には私ってそう見えてるんだ」

って受け取ることはできる。



無理に

「そうです、私は優しい人です!」
「だよね、私ったら要領良いのよね!」

って思えなくても、


そう言ってもらえたことがうれしいなら、
うれしいっていうその気持ちを、
そのまま伝えればいいんだよね。



今は、そこまで親しくない人には、

「ありがとうございます!
そう言ってもらえてなんだか嬉しいです」

って返すようにしてます。



仲のいい人には、

「そうなの、私天才なのよ」
「まあ私かわいいからね~」

とか言ったりしてます笑
(ツッコんでもらうまでがセット笑)




親切も、褒め言葉も、
相手がこちらに向けてくれたものに、

「ありがとう」って伝える。


「すみません」って言っちゃだめ、とか、
謙遜するのはよくない、とか、

そういうふうに考えると、
また何を言えばいいかわかんなくなっちゃうから


いつもの言葉に、

ありがとうを一つ足してみるくらいで。



「すみません、ありがとうございます」

「そんなふうに言ってもらえてうれしいです」


申し訳なさや照れくささがあっても、
その中にある

「助かったよ」
「うれしいよ」

という気持ちも、言葉にだしてみる。


そんなふうにできたら
伝えた自分も、受け取った相手も
お互いイイ気分になれるんじゃないかなあ。


そんな風に思ってます。


あなたにも身近なところから

「ありがとう」

ぜひ伝えてみてほしいな🐈




2026-09-24

ネコ好きもいれば、当然ネコ嫌いもいる

人に嫌われるの、怖くないですか?


あの上司、いつも言い方がキツイ…
私、嫌われてるのかな…

私がしゃべると、
いつもしーんとする気がする…

既読無視された…
私と関わるのめんどくさいのかな…


これ、ちょっと前の私なんです笑

そうやって嫌な思いをしたくないから
人からは嫌われたくない。

いつもびくびくしてました。


今も完全になくなったわけじゃないです。
やっぱり嫌われたらやだなって気持ちは残ってます。


けど、

ま、しょうがないっしょ!
嫌われる時は何しても嫌われる!

と、思えるくらいになりました笑



少し前までは、ことあるごとに

「自分に何か問題があるせいだ…」

と考えるクセがありました。


まさに冒頭で挙げた例もそうで、

言い方がキツイとか、
周囲がしーんとするとか、
既読無視で終わったとか、

これを全部、何の確証もないのに

私に何か問題があるからだ…

と思ってたんですよね。


相手の態度や気分が良くない=私の問題


っていう方程式がありました。


で、厄介なことに
この「逆パターン」も実はあって。




私の態度や気分が良くない=相手の問題

これです。
これが結構トラブルメーカーな考え方でしたね笑



高校の頃。

とにかくいつも一緒にいた親友がいました。


その親友はよく

「ていうか、」

から喋りはじめるクセがあって、

私はそれが地味にずっとイヤでした。



なんかいちいち
言い換えて訂正される感じがしてしまうんですよね~。
(今も正直、あんまり好きではないですけど笑)


たとえば、


「それめっちゃ面白いじゃん!」
「あー、ていうか、楽しいよね」

「あの二人って付き合ってんかな?」
「え、ていうか、そうなんじゃん?」

「この曲いいよね~好き~」
「ね!ていうか、あの曲もいいよね!」


こんな感じです笑

悪気はないのはよくわかるんだけど、
しょっちゅうそんなやりとりが続くうち、

だんだんイライラしてくるようになってしまい…。



当時、

『親友ならきっと言えばわかってくれる』

という気持ちがあったので、


夜、電話で雑談をしている途中、
思い切って伝えてみたんです。


「その、ていうか、ってやつ、私あんまり好きじゃない」


すると親友は、

「あ、そうだったんだ、ごめん」

と謝ってくれたんで、

「いや、こっちも嫌なこと伝えてごめん」

と私も謝って、その日は電話を終えました。



それからその親友…
私とほとんど
話をしてくれなくなりました…笑



当時はめちゃくちゃショックでしたね。

あー言わなきゃよかった、
と思いました。



あとは、恋愛でも
似たようなことがよくあったんです。


「恋人だから言えばきっとわかってくれる」


そう思って、色々と相手に伝えては
毎回ケンカになったり、
相手が我慢しっぱなしでぎくしゃくしたりで。

けど、だからといって
私が我慢すると、私が爆発するし…苦笑


どのお付き合いも
あんまり長続きしなかったなあ…。



私が気分悪かったり不快なのは
相手に原因があるからだ。

だから、相手に変わってもらおうとする。


この頃はそんな考えが
しぶとく根っこにあった気がします。

それも、無意識的に。




ノラネコの話

でも、そんな考えが
ちょっと変わる話がありました。


たとえば、

いま目の前に
ノラネコちゃんがいることを
想像してみてください。

ただ、そこにちょこんと座っているネコちゃんです。



さて、どんな気持ちが湧いてきますかね?



私はネコ大好き人間なので

「あらーかわいいな🐈」とか
「ちゃんと飲み食いできてるかな🐈」とか
「暑いのに・寒いのに、大変ね🐈」とか

ノラちゃんに愛を感じます笑



けど、たぶんネコが嫌いな人なら

「汚らしい💀」とか
「怖い💀」とか
「あっちへいけ💀」とか

たぶんネガティブな感情を抱くと思うんですよね。



好きでも嫌いでもない人だったら、

多分、何の感情もわかないんじゃないでしょうか?


どの感情も自然なことだと思いますし
正しいとか間違いとかはないんです。



でも、その湧いてくる感情って、

ただそこに座っているネコ自身に

何か原因とか問題があるから

湧いてきてるんでしょうか?



小さい頃からネコと楽しい日々を過ごした人は、
きっとネコを見るだけで
愛を感じるだろうし、


逆にネコに噛まれたとか、引っかかれたとか
嫌な記憶があったりすると
ネコを見るだけでも
イヤーな気持ちが出てくるものじゃないでしょうか?


ノラネコは、
ただそこに座っているだけなのに
人によってこれだけ感じ取り方が違うんですよね。



だから、それまで持っていた私の方程式…

「相手の態度や気分が良くない=私の問題」
「私の態度や気分が良くない=相手の問題」

これって実は

「相手の態度や気分が良くない=相手の問題」
「私の態度や気分が良くない=私の問題」

こうなのかも?と、思い始めたんです。


それからちょっとだけ

毎日の見える世界が変わってきましたね。



プレゼントの受け取り方

いま振り返ると、
まさにこの「ノラネコの話だったなー」と
思う実体験があって。


カーディーラーで接客していた頃。

ちょうど社員旅行でグアムに行ったので
日頃いつもよく来るお客さんに
ちょっとしたチョコのお土産を
買ってきたことがあったんです。


私はその時
「きっと喜んでくれるだろう!」
としか思ってなかったんですよね。


実際に、
Aさんは「嬉しい」と喜んでくれたし、

Bさんも「えーいいんですか?」と、
申し訳なさそうにしつつも
受け取ってくれました。



しかし、Cさんだけは


「海外旅行…いいご身分ですね~」


と、いう返事をいただいたんです。
(でも、受け取ってくれたんですけどね笑)



その時、なんだかショックだったんですよね。

あれ、喜んでもらえると思ってたのに、
なんかちょっと
嫌味っぽくとられてしまった…?と。


「余計なことしちゃったな…」
「やらなきゃよかったかな…」
とも思いました。


まさに、
「相手の態度や気分が良くない=私の問題」
という考えにハマってましたね笑


私がどう対応できたら
Cさんにも喜んでもらえたのかな?
って。


もちろん、こう考えること自体は
悪いことじゃないんです。

むしろ、接客するなかでは
大切な視点とも思いますしね。


けど、当時の私は
それがいきすぎていたので…


自分を責めたり、
自分を後回しにしたりして


自分の首を絞めてしまっていたんですよね。



けど、じゃあ
さっきのノラネコの話のように


「相手の態度や気分が良くない=相手の問題」

って考えたとしたら…?


私はお土産を渡したいと思ったから渡したし、
それで喜んでくれたお客さんも
いたわけです。

けどCさんには喜んでもらえなかった。


CさんにはCさんの感じ取り方がある。
以上、それだけ。


で、終われるんですよね笑



それって誰の問題??

私がイライラするとか、不愉快に感じることも

「私をイライラさせてくる相手が悪い」
ではなくて、
「イライラしている私の問題」

という考え方に変わってきました。


逆もそう。


相手がイライラしているとか、不愉快そうでも

「相手をイライラさせる私が悪い」
ではなくて
「イライラしている相手の問題」

って感じに考えてます。


もちろん、
何でもかんでもこの通りに考えよう!
ってわけではないです笑

さすがにそれは無理があるし、

そこはバランスよく笑



だから、気持ちがちょっとモヤッとしたとき、
自分にこう訊いてます。


「それって誰の問題?」

って。



色んな本とか動画でも
よく取り上げられていますが、

「課題の分離」ってやつですね。


たとえば、

あの上司、いつも言い方がキツイ…
私、嫌われてるのかな…

→ちょっとまった、それ誰の問題?


私がしゃべると、
いつもしーんとする気がする…

→ちょっとまった、それ誰の問題?



「ていうか」という言葉が好きじゃない
その言葉遣いを使う親友が悪い

→ちょっとまった、それ誰の問題?



なんでもかんでも
「自分が悪いんだ」とか
「相手のせいだ」って
極端に思いやすい人には

このワンクッションが
いい感じにブレーキになるんじゃないかなーと
思ってるんですよね。




あなたのことを好きな人もいれば、
あなたのことを嫌いな人もいる。



「嫌われてるのかーー、じゃあ、私どうする??」

って、自分に問いかけてみてください。


自分の思う出来る範囲のことだけやったら、

あとは相手の捉え方の問題です。


自分の時間、楽しくクールに
過ごしていきましょ~✨